古典芸能へようこそ

歌舞伎、能・狂言、文楽などの世界に魅了されて20年。 「敷居が高い」と避けられがちの古典芸能の楽しみ方を少しでも分かりやすくお伝えできればと思います。

中村勘三郎という役者

私が歌舞伎の世界に惹かれたのは、一番最初の記事にも書いた通り、偶然テレビで見た中村勘三郎丈の舞台です。

 

それ以前、私は当時「中村勘九郎」だった勘三郎丈のことは、たまに大河ドラマや時代劇などで見かけるくらいで、歌舞伎役者というのはほとんど知りませんでした。

 

またいずれ別の機会で触れますが、その時に見た「助六所縁江戸桜」では、ある場面だけ完全なアドリブで進行するのですが、ちょうどその頃、勘三郎丈は女優の宮沢りえさんと浮気したと大騒ぎになっていた時でした。

そしてなんと、そのネタをアドリブで茶化されたのです。

 

この時の勘三郎丈をカメラが捉えたのですが、舞台上でいまにも笑いだしそうな顔で「こんちくしょう、なんてネタしやがる」と言わんばかりの様子だったのが、今でも記憶に残っています。

 

それから勘三郎丈という人に注意を払うようになってから、コクーン歌舞伎平成中村座など、とにかく今までにない歌舞伎のスタイルを追求する姿勢に驚かされたものです。(このあたりは、他の方もおそらく同じ思いでしょう)

 

そんな勘三郎丈に直接話を聞く機会が、何度かありました。

実は私はメディアにかかわる仕事をしているので、時折舞台の制作発表などでインタビューをする機会があったのです。

 

その時の勘三郎丈は、自らの舞台の魅力について本当に楽し気にお話をされて、聞いているこちらも「ぜひ見てみたい」と思わずにはいられない不思議な雰囲気がありました。

 

勘三郎丈は東京の役者さんです。

なので、関西ではなかなか舞台を見る機会がないのですが、そんな限られた中で私はできるだけ勘三郎丈の舞台をチェックするようにしていました。

 

この勘三郎丈の十八番の一つに「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」という演目があります。

大阪の侠客、団七黒兵衛が、男としての筋を通そうとした結果、舅を殺してしまうという演目です。

元々東京生まれの東京育ちという勘三郎丈ですが、ここで演じた団七黒兵衛の大阪弁がアクセントも含めて完璧だったことに感動したものです。

後にインタビューで、友人で女優の藤山直美さんに大阪弁の稽古をつけてもらったと話していましたが、元々の出身者でないのにあそこまで完璧な大阪弁を話すのは並大抵の努力ではなかっただろうなと感服したものです。

 

平成24年12月5日、勘三郎丈の訃報が日本中に知れ渡ったとき、自分の中でここまで強烈な喪失感を感じさせた人は、他にいませんでした。

 

時は、ちょうど息子の勘九郎丈の襲名披露の真っ最中。

その日の夜の部で行われた襲名披露口上で、勘九郎丈が最後に言った言葉は、今もテレビなどで放送されるたびに、目頭が熱くなります。

 

「・・・父のことを、忘れないでください・・・!」

 

時がたち、世代が変われば、やがて勘三郎丈のことを知らない人がほとんどになるでしょう。

その舞台を見てきた私たちが、どれだけ口を極めて褒めちぎっても、やはり実際に見なければ、その凄さはわかりません。

 

しかし、同じ時代を生きて、その舞台を見た人々の心から、勘三郎丈が消え去ることは永遠にないでしょう。